東国三社の一つ、鹿島神宮の神様は大ナマズを抑えているらしい

ラーメン

こんにちは

今回は、昨日の息栖神社に続いて
鹿島神宮に行った話です。

息栖神社から鹿島へ

鹿島神宮はナビで見ると息栖神社の北の方角、
22分で到着。
時間もあるので行くしかないですね。

鹿島神宮を調べる
元々、息栖神社(いきすじんじゃ)というか
岐神(くなどのかみ)は
鹿島神宮の鹿島神(武甕槌神/建御雷神、
タケミカヅチ)の従者扱いされることもあり、
摂社(せつしゃ:本社に付属した神社)の一つ
として書かれているくらい。

近いからという理由だけではなく、
出来ればこの密接な関係の2つの神社は、
セットで行きたい気分でした。

お昼はやっぱりラーメン

お昼時。
旅程では、当然のごとくラーメン屋を探します。
まずは腹ごしらえから。

行ったことがないし、評判も良さそうなので
鹿島神宮にほど近い、麵屋 継(けい)に行ってみます。

平日で1時も近かったので、
店前の駐車場にも止められて、
待ちもなし。豚骨魚介押しのようなので、
濃厚豚骨魚介ラーメンに特製盛りを追加して食券を買います。

麺は細麺、と中太麺が選べるようですが、
聞いたら細麺がおすすめとのことなので、
素直にそれを選びます。
スープは濃厚なのでいい感じのとろみのあるスープ。
臭くもなく濃すぎるわけでもない、ちょうどいい感じで
やっぱり細麺に合います。
エビ油がいい味を出してるのかもしれません。


素直にうまいので、ここはまた来てもいいですね。

ラーメンに満足しておなかもいっぱい、
安心して神宮に向かいます。

鹿島神宮の思い出

この鹿島神宮と私の付き合いは結構長く、
茨城に住んでた学生時代からになります。

体調悪い事にして、学校休んで車で東の方へ。
持ち時間によって、
犬吠埼か鹿島神宮
どっちかに行ってたような気がします。

当時の鹿島神宮の捉え方は、
神社というよりはお手軽な森。
私は特に自然派というわけではないのですが、
散歩して、うさうさした気分を晴らすのにいいところ
くらいの感じでしたね。

そういう意味では、
体調を整えるために行ってたんだから
病院行くのと同じです。
うんうん、れっきとした病欠だ。

まあ、鎮守の森とはよく言ったもので、
とにかく広い森がバックにあるという印象の神社です。

そんな感じなので、神社詣りが好きになって、
あらためて鹿島神宮を神社として認識しだしました。

鹿島神宮と香取神宮

東国三社ということで、
残りの香取神宮と比べてしまいますが、
東国を征伐した、どちらも戦いの神。
神社としても常陸の国と下総の国の一宮神社。
一宮は当時の国というか自治体で
一番の神社ということ。

でもなんとなく、
香取神宮は女性的な優しい印象に対し、


鹿島神宮は勇ましい戦う男って感じを受けます。

どちらも男の神様なんですが。

戦いの神様

昨年、修学旅行の行き先で定番の
奈良の春日大社に行ったのですが、
これは栄華を誇った藤原氏の勃興期に
氏神を祀るために造営された神社。

ここに祀られてる
第一神が、鹿島神宮の
武甕槌命(タケミカズチノミコト)
第二神が、香取神宮の
経津主命(フツヌシノカミ)
ということから、
この2つの神宮の格の高さも
想像できるかなと思います。

サッカーの鹿島アントラーズのホームグランドも近く
毎年チームで優勝祈願に来ているようですが、
常に優勝に絡むようなチームなのは
鹿島神宮のおかげなのかもしれません。

そのせいか、ここに来ると
森のおかげで落ち着くということもあるのですが、

もっと頑張らんかい!!

とケツを叩かれてるような気分にもなります。
だからたまには来ないと、と思わせる神社です。

 

鹿島神宮

で、鹿島神宮の説明です。
鹿島コンビナートのある、鹿島市の中心にあります。
古くは『常陸国風土記』に鎮座が確認される
東国随一の古社であり、

日本神話で大国主の国譲りの際に活躍する
武甕槌神(建御雷神、タケミカヅチ)を祭神
とすることで知られる。
とのこと。ご興味あればご参考ください。

場所はこんな感じ。東国三社の一つです。

拡大するとこんな感じ。

参道

鳥居までの参道には、駐車場のある食事処がいくつかあり
おばちゃんが手招きしていますが、それを通り過ぎます。

正面鳥居を見て右側の、境内に一番近い
シャトルバスの停車場でもある駐車場に入ります。300円。
他はたいてい500円。

いつもは休日に来て、
参道入り口近くにある鳥居まで歩けば
7,8分はかかる無料駐車場に入るのですが、
この日は平日なので、近くまで車で行きます。

車を降りてから鳥居をくぐるとシャキッとします。
奥に見えるのが楼門。

案内図はこんな感じ。


100mくらいで手水舎(ちょうずや)が左側にあり手洗い。


正面に戻って楼門があります。

 

参道はどっち側通行?

よく神社の参道は真ん中は神様が通る道だから
横切ってはいけないというのは判るけど、
右左どちら通行なの?という議論があります。

私は知っているなら
手水舎のある側を通ればいいと思ってます。

これはこんなエピソードがあったから。

伊勢神宮に行ったとき、
外宮が左側通行、内宮が右側通行
と看板に掲げられてます。

ボランティアのガイドさんに聞いたのですが、
これはそれぞれの側を通って、順路を通れば
人が行ったり来たりしないので、
渋滞が起きず、スムーズに境内が周れるから。

江戸時代とか昔は今では考えられないくらい
お伊勢参りの人で混雑していたころ、
交通整理のためにできたルールだそうです。

手水舎で清めて、末社を周って、本殿にお参り、
帰りに社務所でお守りを買う、この道順。

神様ではなく、人の都合で決められたんですね。

この看板のせいかもしれませんが、
伊勢神宮以外の周りの神社は
多分どちら側通行もさっき看板に書いてあったから
と自信満々で両側とも歩くものだから、
境内が渋滞状態。
気を付けて参拝したいですね。

楼門から本殿

鹿島神宮に戻ります。

本殿

楼門をくぐり、4、50mくらい先の右側に本殿があります。


敷地の大きさを考えると
いきなりここに本殿か、と思う珍しい配置です。

正面は奥の院への道、
左には去年かおととしに増築されたばかりの
祈祷殿や社務所があります。
まだ若干工事は残っているみたいです。

こちらが本殿。

 

祈祷殿

本殿の後ろ側に、祈祷殿と社務所が一つの建物。

こちらの方の方が本殿より立派に見えてしまう。


本殿でお参りの後、社務所でご朱印の受付をしてから
奥の院のある森の方に向かいます。

祖霊社

その前に人もまばらなので、
社務所の奥の方に弓道場があったなと思い、
足を向けてみると、
こんなとことあったかと思うお社が。

祖霊社とのこと。
氏子さんたちの霊が祀られているようですね。

苔むしたいい感じの敷地です。

こんなところ今まで気が付きませんでした。

鎮守の森へ

再び本殿前まで戻って、左側の鎮守の森を目指します。

森の手前までたどり着き案内板を確認します。
工事前のちょっと古め。

ここには境内案内の看板の中に鹿島七不思議も。
奥院を目指しで、ここにもある要石、御手洗にも行く予定です。

この途中の参道は地面なんですが、
掃き清められてとにかくきれい。
落ち葉も当然ゴミもなく、家の床よりきれいかもと思うくらい。
頭が下がりますね。

この後奥宮まで、300mほどこの掃き清められた道を歩きます。

この途中に左手にさざれ石と、

鹿園。餌やりしている人もいます。

奥宮(おくのみや)

参道のつきあたりに到着。奥宮がこんな感じ。
雰囲気出てます。

奥宮の横を通って、

さらに200mくらいは歩いたところに

要石(かなめいし)

これが要石。


杭の手前のほとんど埋まっている、
何気ない石と言えばそれまでですが、
結構ないわくというか伝説があるみたいです。

調べてみると『鹿島宮社例伝記』によれば、鹿島社要石は仏教的宇宙観でいう、大地の最も深い部分である金輪際から生えている柱と言われ、この柱で日本は繋ぎ止められているという。

『香取神宮小史』によれば、葦原中津国平定において香取ヶ浦はなお「ただよへる國」「地震(なゐ)頻り」であった。これは地中に大きな鯰(ナマズ)が住みついて荒れ騒いでいるためであった。そこで香取と鹿島の大神は地中に深く石の棒をさし込み、大鯰の頭と尾を刺し通した。鹿島神宮の要石は大鯰の頭を押さえると伝えられる。

この道の途中にあったこの像は、
鹿島神がナマズを抑えているところですね。
頭と尻尾に刺さってる杭の間隔は
地図から見た神宮間の距離で10㎞くらい。
大ナマズですね。


説明の看板では地震を抑えるとあるので、
香取神宮小史の説をとってるみたいですね。

要石から引き返し、奥の院に向かって戻って、
さらに先に進むと、

御手洗池(みたらしいけ)

坂を降りていくと

御手洗(みたらし)があります。

この水はどんな時でも水位が変わらないという不思議な泉。

湧水を汲みに来ている人もいます。


一通り森の中を散策し、無事に参拝終了。

御朱印

忘れないで御朱印を引き取りました。
奥の院の分もあります。
神宮の焼き印の入った木札ももらいましたが、
これはどうに使えばいいのでしょうか?

いい時間が過ごせました。
結構早めに周って1時間ちょっと。

心なしか、
古傷の膝の痛みがなくなったような。。。

お稲荷さん

鳥居近くのお稲荷さんにお参りして
これで本当にお終いです。

今回行かなかった香取神宮は
家にあるお札に、無事帰れましたと
挨拶したことで行ったことにして、

1日で東国三社詣りが済んだ、というお話でした。

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